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大阪高等裁判所 昭和49年(行ス)21号 決定 1976年2月23日

相手方 鄭平浩

抗告人 大阪入国管理事務所主任審査官

訴訟代理人 服部勝彦 西村省三 ほか二名

主文

一  原決定中、昭和四七年一二月二〇日付退去強制令書にもとづく執行の送還を停止した部分を除き、その余を取消す。

二  本件執行停止の申立のうち、昭和四七年一二月二〇日付退去強制令書にもとづく執行の送還を除くその余の停止を求める部分を却下する。

三  本件その余の抗告を棄却する。

四  申立および抗告費用はこれを二分し、その一を抗告人の、その余を相手方の各負担とする。

理由

一  本件抗告の趣旨と理由は別紙一記載のとおりであり、相手方の反論は別紙二記載のとおりである。

二  当裁判所の判断

(本件退去強制令書発布の経緯について)

(一)  本案および本件原、当審記録によれば、次の事実が認められる。

相手方は、昭和二三年一一月二八日、韓国慶尚南道南海郡昌善面栗島里五五九において、いずれも韓国に国籍を有する父鄭徳永、母朴雨連の長男として出生した外国人である。相手方は亜昌善国民学校を卒業後農業に従事していたが、同四三年一一月二四日、有効な旅券または乗員手帳を所持することなく、韓国釜山港から小型木造船により本邦に到着して上陸し、もつて出入国管理令(以下令という)三条に違反して本邦に入国した。その後、大阪府泉北郡忠岡町馬瀬五七の五の父鄭徳永の許で料理店手伝、昭和四三年一二月頃から大阪市東住吉区加美大芝町所在の林化学工業所に住込みのプラスチツク工、同四五年五月頃から大阪府泉北郡忠岡町所在の木村メリヤスのメリヤス編工、同年八月頃から前記の父の許で自営のメリヤス加工、同年一二月頃から再び前記木村メリヤスのメリヤス編工、昭和四六年八月頃から大阪府泉北郡忠岡町所在の西山メリヤスでメリヤス編工と転々と住居や職を変えながら、ひそかに本邦に在留していたが、昭和四七年八月一五日和泉警察署員に外国人登録法違反で逮捕された。その後、相手方は、大阪入国管理事務所入国警備官の令違反の調査を受け、同月二八日同所入国審査官に引渡され、同月三〇日同所入国審査官より令二四条一号に該当する旨判定されので口頭審理の請求をして同所特別審査官より口頭審理を受け、同年九月二七日、同特別審査官より認定に誤りがない旨判定されたので、即日法務大臣に異議の申出をした。法務大臣は、同年一一月二四日、異議申出に対し理由がないと裁決した。そこで同所主任審査官は、同年一二月二〇日、相手方にその旨告知するとともに退去強制令書を発布した(以下本件処分という)。相手方は同日帰国準備の家事整理を理由に仮放免許可願書を提出したので、同所主任審査官は、大阪府泉北郡忠岡町馬瀬五七-五を居住地として指定し、保証金一〇万円を納付させて、仮放免を許可し、以後、期間満了の都度相手方の同様理由による仮放免期間延長願に対しこれを許可してきたが、昭和四九年一一月一九日仮放免期間の満了に伴い、本件処分にもとづき大阪入国管理事務所に収容した。相手方は、昭和四八年二月二四日、大阪地方裁判所に本件処分取消訴訟を提起し(大阪地方裁判所昭和四八年(行ウ)第一一号)現在審理中である。

(送還停止について)

(二) 本案および本件原、当審記録によれば、本件処分取消訴訟の判決確定前に本件処分にもとづく送還が執行された場合、本件処分の性質および送還先が韓国であることから相手方の身上に重大な変更を受けることは容易に認められるので、これを避けるため少くとも本件処分にもとづく執行のうち送還の部分についてはこれを停止する必要があるというべきである。

抗告人は、本件は行政事件訴訟法二五条三項の「本案について理由がないとみえるとき」に当ると主張し、その理由を種々主張するが、本案および本件原、当審記録によつても、現段階においては、いまだ、本案につき理由がないとみえると認定するには至らない(「憲法三二条の趣旨により、退去強制令書にもとづく執行のうち送還部分は本案の理由の有無にかかわらず停止すべきものである。」とする見解については、当裁判所はこれを採用しない)。

(収容停止について)

(三) 前記認定の事実によれば、相手方が、本件処分にもとづく収容によつて、収容に当然伴うと通常予想される精神的、肉体的苦痛を受けることは推認するに難くないが、これは行政事件訴訟法の執行停止の要件たる「回復の困難な損害」には該当しないと考えられ、相手方が昭和四七年一二月二〇日仮放免許可願を提出して居住地指定、保証金納付の上仮放免を許可されたこと、その後仮放免期間満了の都度期間延長を許可され昭和四九年一一月一九日まで仮放免されていたことは前記認定のとおりであり、本件原、当審記録によれば、相手方はその間居住地指定を受けた父の許で生活し、その間令所定の仮放免取消事由に該当する行為がなかつたこと(相手方は独身者であるから妻子、家族を扶養していたわけではない)は認められるが、このような事情があつたからといつて、それだけで右収容により前記「回復の困難な損害」を受けると解することはできない。

相手方は、不法入国後約四年間ひそかに本邦に在留した事実から種々の生活上の利益が生じたのでそれが収容による「回復し難い損害」であると主張し、また、退去強制令書にもとづく収容の目的は本来送還のための身柄の確保にあるから送還を停止する以上収容も当然停止されるべきものであると主張する如くである。

しかし、送還の停止は本案判決が確定するまでの一時的措置であり、本案訴訟では本件処分の適否が争われていて、審理の結果によつては相手方が敗訴して送還が執行される余地も予想されるところ、先に認定したとおり、相手方は未婚の男子であつて扶養すべき家族もないこと、不法入国後その発覚まで転々と住居職業を変えていたことなどの事実からみると、逃亡のおそれがないものとは認め難く、一方、今本件処分にもとづく収容を停止することになれば、相手方は外国人でしかも令二四案一号(不法入国)に該当することが明らかであるのに、令の定めるなんらの規制もなく事実上本邦に在留せしめる結果を招来することとなるのであつて(相手方は不法入国者であるからもともと在留資格を有せず、この点において、たとえば適法に在留中の者が刑罰法令違反などにより(令二四条四号)退去強制される場合と様相を異にする)、かかる事態は、在留資格を有しない外国人に実質上留活動を許容する仮の地位を与えることと異ならず、そもそも令に定める特別の場合を除いてすべて外国人は法定の在留資格を有しなければ本邦に上陸、在留することができないとする出入国管理行政の在留資格制度の建前を著しく紊乱するものであり、これに与える影響の少からざることを容易に推認することができる。そして本案および本件原、当審記録を精査しても、右の如き影響をぎせいにしてまでも本件処分にもとづく収容を停止すべき緊急の必要ある損害を見出すことはできない(相手方を収容した場合に、本案判決が確定するまで仮放免をするか否かは抗告人の裁量であり、もしその仮放免不許可の載量の範囲逸脱などの違法があれば、仮放免不許可処分の抗告訴訟で争うことができる)。

(四) 以上のとおり、本件処分にもとづく執行の停止の申立は、送還の部分にかぎり認容するのが相当でその余は理由がないと認められるから、本件抗告のうち一部は理由があり、そこで、右と異なる原決定のうち右失当の部分を取消し、その余の抗告を棄却することとし、申立および抗告費用につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九六条、九二条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 北浦憲二 光広龍夫 篠田省二)

別紙一 抗告の趣旨<省略>

別紙二 抗告理由に対する反論<省略>

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